2005/03/13 Sun
ある騎手の引退
日本中央競馬会、最近はテレビCMのおかげで「JRA」という方が通りが良いかもしれない。その最多勝記録を持つ騎手が引退した。梅花にはなんにも関係ない話だし、このブログに書くべきことではないかもしれない。でも自分勝手ながら、その騎手への送別の言葉というか感謝の言葉を書かせてほしい。
騎手の名は「岡部幸雄」。今年で56歳だから、警察や自衛隊ならば、すでに定年を超えた年齢である。現役生活は38年。45歳を超えて騎乗し続けることが希少な中で、さらに10年余りターフに登場し続けた。築き上げた勝利の数は、2943。レース数が増えた現在でも、年間100勝は立派なトップレベルの騎手である。それを30年続けてやっとで到達できる数字を岡部騎手は残した。この通算勝利数以外の記録のほとんどは、ご存じ武豊騎手が次々と記録を塗りかえており、通算勝利数もあと400勝で岡部騎手の記録を追い抜く。彼の年間勝ち数からすると2年ちょっとで現実となるに違いない。でも、たとえ武豊に記録を破られても、岡部幸雄という騎手が築き上げた栄光はなんら色あせることはない。
岡部騎手が日本競馬界に果たした役割は、特定の厩舎に属さないフリー騎手の先駆者だったことや、海外でのレースに積極的に参加したこと、そして名馬シンボリルドルフとの無敵の活躍などが挙げられるのだろうが、僕の興味はそこにはない。むしろ競馬界の発展など、じつはどうでもいい。不幸にも絶頂期に騎手生命を絶たれたある騎手の分まで騎乗し続けてくれたこと、また共にそうすることを願って一緒に頑張っていたもう1人の騎手が不本意ながら引退しても、なお10年あまり頑張り続けてくれたことに、自分勝手ながら感謝したいのである。
不幸にも騎手生命を絶たれたのは福永洋一、もう少し騎乗し続けたかったのは柴田政人、そして岡部幸雄。馬事公苑騎手養成所の15期生という固い絆で結ばれた3人である。昭和54(1979)年3月4日、福永洋一は落馬事故により騎手人生を閉じた。一命はとりとめたが、その日を最後にターフに戻ってくることはなかった。「もし」福永洋一が落馬していなければ、武豊が色々な記録を塗り替えるにはあと10年が必要になっただろう。また、岡部が56歳まで騎乗し続けることもなかったかもしれない。
柴田政人と岡部幸雄は、福永洋一の事故に際して、おそらく共に心に誓ったはずである。「洋一の分も自分が騎乗する」と。柴田政人が引退したのが1994年のこと。柴田政人という人は、頑固な義理人情の固まりのような人で、クールで合理的な岡部騎手とは正反対の性格の騎手だった。おじさんファンが圧倒的に多く、騎手人生の晩年、念願の日本ダービーをウイニングチケットで制覇した時、府中競馬場に来ていた初老に近いおじさんたちが泣きながら抱き合っていたのが印象的だった。本人はもっと騎乗したかったかもしれないが、やはり落馬による後遺症で引退した。柴田引退の感想を聞かれた岡部幸雄は「体の続く限り、自分は騎乗し続ける」とコメントしていた。
岡部はそれから10年以上も騎乗し続けた。彼の騎手としての全盛は柴田が引退した頃までだった。だからこの10年は、いつも思っていた。どうして岡部は引退しないのだろう?引き際が悪いのは彼らしくない。これが柴田政人なら納得できる、引き際の悪いところが浪花節の似合う柴田らしいと思えるからだ。しかも、岡部は2年前に膝の手術で1年以上休業した。その期間に引退することもあり得たはずである。しかし、岡部は54歳で復活し、昨年度60勝した。それで充分じゃないか、これで引退の花道は出来た。誰もがそう思ったが、本人の口から出たのは現役続行宣言だった。それまで、騎乗することに意義がある、というタイプの生き方をしてきた人ではないのに、なぜ?
たぶん、福永洋一の分まで頑張ってくれたんだと思う。柴田が不本意でやめてしまった分も頑張ってくれたんだと思う。口では決してそんなこと言わない分、馬に乗ることで示してくれたんだと思う。不言実行型の人で、つねに結果でものを言う人だった。だから、もしあの二人が元気であれば、自分と同じように乗れたはずだと言うことを、身を以て示してくれたに違いない。これは、本当に自分勝手な意見である。岡部騎手が聞いたら誤解も甚だしいと怒られるかもしれない。でも、福永洋一がターフからいなくなった3月4日に近い3月10日に引退発表したのは偶然とは思えない。自由に自分の意志を言葉に出来ない福永洋一に、きっと岡部幸雄は「洋一、もういいよな」と心の中で話しかけたに違いない。
10年以上前、ちょうど柴田政人騎手が引退した直後、つくば市にあるデパートで、オフの岡部幸雄騎手を見かけた。マジックと色紙を買ってサインをお願いしたが断られた。そのとき、福永さんの分も、柴田さんの分も頑張ってください、とお願いした。お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。
Posted at 16:07 | 雑文
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